生きる希望No.3


O∞

証し−PART1
 就職した頃、職場の上司の勧めで自己啓発セミナーに参加しました。そのセミナーで学んだのは愛することでした。それから毎日、どんな人に対しても愛を示そうと努力しました。家族や友人が求めていることに何でも応えたり、どんなに嫌でも、辛い時でも嫌な顔を見せず、笑顔を作って相手に嫌な思いをさせたりしないように努めました。その時私には好きな人がいました。その人は私に「・・・だからお金を貸してくれほしい。」と頼んできました。言うとおりにすればその人に愛が分かるかもしれない・・・と考えて貸しました。でも私がどんなに努力をしても人は満足しないばかりか、さらに要求してくるようになりました。顔は笑顔でも心はむなしさと悲しみでいっぱいでした。愛するって何?本当の愛って何?・・・分からなくなりました。ある日、その人が「あぁキリストがいたらな。」とつぶやきました。それを聞いた途端「聖書を読めば本当の愛が分かるかもしれない!答えがあるかもしれない!」・・・(後でその人にそれを伝えると「そんなこと言ってない」と言われました。不思議!)・・・私は聖書を探しに本屋に行きましたがなぜか無く、教会に聖書を買いに行きました。そこで牧師さんが本当の愛を教えてくれました。神様はイエス様を十字架につけるほど私を愛してくれていました。いつも愛してくれている神様、本当にありがとう! (あなぐま)


証し−PART2
 私は精神科にかかっています。私は、精神病の初期の頃、家族から暴力を受けました。その後、私は家族に対して、赦さない心がありました。家族との関係も良いものではありませんでした。でも、神様を見上げ、神様の愛、イエス様の十字架の代価を思ったとき、罪もないお方が非難され、迫害されたこと、好き勝手に生きてきた、私たちの罪の為に十字架にかかってくださったイエス様。どんなに私たちの赦さない心に胸を痛めておられるかをひしひしと感じました。私は、神様の御心「赦す」ことを選びました。すると、心が、楽になりました。なぜなら、赦さない心は罪だからです。罪は心を苦しめ、重たくします。神様の御心は私たちを生かし、解放し、真の喜びを与えてくださいます。この喜びを知った今、もっと早く赦せば良かったと思っています。 (ヨシュア)


証し−PART3
 私の家は両親の離婚によって母子家庭となり、母は一生けん命に働いても、わずかのお金を得るのが精いっぱいでした。小学校に入学しても、母に学用品を買ってとはとても言えませんでした。どの教科も一冊のノートを使う生徒は私ひとりでした。しかもその同じノートを6年間使っていたのも私だけでした。ノートが無駄にならないようにと気をつかいながら使ったものです。中学生になると、学業においては勝ち目がないので、せめて、けんかでは負けたくないと思って剣道部に入部しました。当時のクラス写真を見ると、私の顔つきはまるで山猿のようで、いつも教師やクラスの誰かに対して闘争心を向き出しにしていました。そんな私の人生はみじめで暗いものでした。劣等感のために誰とも仲良くなれませんでした。しかし、あれから数十年。今では愛する家族をもち、あの時の貧しさが信じられないように豊かになりました。このような祝福はイエス・キリストを救い主として信じた時から始まりました。 (パンダ)


証し−PART4
 私が中学生になり、着慣れない制服に違和感を感じながら、「これからがんばっていかなきゃな。」と心をふるわせていました。以前通っていた小学校の生徒の見覚えのある顔もちらほらいて期待と不安が入り交じっていていました。担任の先生から、「毎日最低2時間は勉強するんだよ」と聞かされたときは、とても焦りました。勉強にスポーツに、本当にがんばらないとおいてかれるな、とせっぱ詰まるものがありました。しかし、意地悪な人は必ずいるもので、その私の様子を見て、快く思わない人もたくさんいました。何かにつけて、「小学生の時はこうだったのに、なんで今は違うんだ」とか「お前はダメなんだよ」と、私の成長するのをわざとくじけさせることを幾たびも言われ続けました。学校の先生も、いじめだとわからない程度に加わります。でも、「私は悪いことしてないんだ、堂々としていよう」と思い直して、授業に集中しようとしました。生徒からも教師からも馬鹿にされ、いじめられる日々でしたが、その後に神様を信じるようになって、祝福を受けるのに、法則があることを学びました。それから、いろいろなことがありましたが、今ではあのころが、嘘のように平穏で、結婚もし、毎日楽しく暮らしています。 (○○子)