生きる希望No.6


O∞

証し−PART1
 私は小学生の頃から「赤毛のアン」が大好きでした。その物語の中でアンにダイアナという腹心の友が与えられます。私もダイアナのような友達がいたらいいのにと、ずっと思っていました。私のことを本当にわかってくれる友達が欲しかったのです。

 そんな私に神様は教会で一人の友を与えてくださいました。神様は彼女を通してたくさんのことを私に教えてくださいます。彼女との関係の中で、喜びや楽しいことがたくさんありますが、時には痛みを伴い良いこととは思えないこともあります。でもそれは、私の心の奥底に隠していた過去の傷や痛みが神様の光の下に出され、私がそれを手放して神様の恵みを受け取ることができるようになるためなのだとわかってきました。以前はどうしてこんなにつらいことが起こるのかと感謝できませんでしたが、今は感謝してこの痛みを受け取ります。なぜならこのことによって私はさらに新しく造り変えられるからです。

 イエス・キリストを愛し忠実に仕える信仰の友を通して、私は少しずつ変えられてきました。すばらしい神様のお恵みです。神様の知恵は本当にはかりしれません。与えぬしである神様と私のダイアナに感謝します!ハレルヤ! (ヨハンナ)


証し−PART2
 約9年前に私は教会で洗礼を受けました。当時はとても嬉しくて、神様にもっと近づいて行きたいという思いでいっぱいでした。しかし、それ以前に、本当に悪い人生を送っていたので、聖書を読めば読むほど、祈れば祈るほど、罪責感が激しくなり、苦痛になっていきました。『こんな自分は神様に嫌われてるに決まってる。』、『そんな簡単に赦されるわけがないだろ。』そんな言葉がいつも心のどこかに囁くようになっていったのです。「あなたは新しく造られたものです。」とか、「キリストの十字架の贖いにより恵みによって救われたのです。」と言った、救いについての聖書のことばをたくさん読んでも、私は実感できませんでした。頭ではわかっていても、心や感覚がそれらを拒否していたのです。しかしこのJRM(ジャパン・リバイバル・ミニストリーズ)のセミナーに出るようになり、私はたくさんの事を霊的に学ばされ、また祝福と恵みを神様からいっぱい頂くことが出来ました。私を縛っていたものが何か、悪いと知りながらも罪にどっぷり浸かった人生を歩んで来るようにした心の問題はどこに有ったのかに気づかされて行き、ゆっくりではありますが解放へと向かうことができたのです。

 洗礼を受けた後も何度も古い罪に帰ってしまい、背を向けて来た私ですが、神様は最初から全く変わらない永遠の愛で愛し続けてくれていたことを、今では日々感じることが出来ます。そしてキリストの十字架が自分の為であったこと、流された血も自分の為であったことを感謝して心で受け取れるようになりました。ですからまだ神様を知らない若い世代の方達に、このキリストの十字架だけが私たちを罪の束縛から解放し、罪から来る永遠の死から救う事の出来る唯一の道であることをぜひ知ってもらいたいです。 (さくらんぼ)


証し−PART3
 私は、いつも自分は生きていてもよいのだろうかと思っていました。人前に出る時はおろか、普通に友達としゃべっていても何を話してよいのか分からず黙ってしまう。何かを任せられれば不器用なので上手くできずに投げ出してしまう。いつもプライドだけ高いのに何もできない。そんな風に自分のことを思っていました。私がこういう人になりたいと思い描く理想とはかけ離れすぎていて恥ずかしいと思っていました。理想の自分になるために色々な努力をしてみましたが、どんなに頑張ってもその理想の自分になることはできませんでした。ですから朝が来るのが怖いと思っていました。朝になって、また外に出て、恥ずかしい自分を他の人の目にさらすことが億劫だと思っていたからです。

 しかし、今はどうでしょうか?神様は私をそのような考えから解放して下さいました。前には、私は自信のなさから人から注意されることが嫌で嫌でたまりませんでした。でも、今は驚くほど素直に聞くことができます。こんな自分では社会に出てやっていけるのかな、などと自分の将来を不安に思うこともなくなりました。神様はすべての状況を変えることがおできになり、人の心さえも変えてくださることを知ったからです。現に、私の心は神様によって完全に変えられてしまったのです。

 また、私が生きている環境の中で私を左右できるのは親でも、先生でも、上司でもないのだと知りました。私達を何よりも愛してくださる神様だけが私達のすべてを導いていて下さっていると知り、本当に自由に生きることができるようになりました。このように神の愛に触れられた若い人々が集まって、愛のオアシスを造っていこうとしています。この中に入れて感謝です。 (いちじく)