生きる希望No.5


O∞

証し−PART1
 私は小さいころから引っ込み思案で、人前で話をすることが苦手でした。だから自分の思ったことを言えず、反対されると「じゃあいいよ」が口癖で、いつもそう言って相手の意見に合わせていました。学校でも人の先頭に立つことなんてありませんでした。でも社会人になって、人前で意見を言ったり、人の先頭に立ったりするようになりました。ある日、その立場で話をしなければならないことが起きました。今までそんなことをしたことがなく、何を話したらいいのか全く分からず、頭が真っ白になりました。その時何を話したか何も覚えていません。でもその後、惨めな自分を「私はこんなんじゃダメだ!もっと頑張らなきゃ許してもらえない!」と何度も繰り返し自分自身を打ち叩いていました。しかしその時の私はもうそれ以上頑張ることもできないくらい疲れ果てていました。人に嫌われないように、人が満足できるようにずっと頑張ってきたからです。でも自分は満足することはなかった。私はパンク寸前でした。いえ、壊れていたかもしれない。ちょうどその時、クリスチャンカウンセラーと出会いました。カウンセラーに少しずつ自分のことを話し始めると、だんだんありのままの自分が楽しくなり、許せるようになってきました。ありのままの自分に「I am OK!」とOKを出すようになりました。それが神様の思いだということも分かりました。神様が私を大切にしているように私も自分を大切にしようと思いました。 (あなぐま)


証し−PART2
 幼い頃にテレビで見た「大草原の小さな家」や「赤毛のアン」の中にたびたびキリスト教会のシーンが出てきました。それがとても明るく輝いて見え、私の心に魅力のある場所としてとても印象深く、あこがれをもって見ていたのを覚えています。「私もいつの日か教会という所へ行ってみたいなぁ〜」と思っていました。高校3年生の冬、一緒に暮らしていた大好きな祖母が亡くなりました。「おばあちゃんは死んだらどこへ行ってしまうんだろう?私は死んだら天国へ行きたい!」と思いました。季節はちょうどクリスマス。地域新聞の広告欄に教会のクリスマス・キャンドルサービスの案内が載っていました。私は市内の教会すべてに電話をして、一番親切に答えてくれた教会へ行ってみようと決めました。そして人生で初めて、キリスト教会へ行きました。「クリスチャン」という人たちに初めて会ったとき、キラキラした輝きを感じました。私もこの人たちのようになりたいなぁと思いました。私もこの人たちのように神様を知りたいし、もっと信じたい。このように、人生に起こった悲しみをきっかけにして、私は父なる神様の元へと導かれていきました。今思えば、神様はこの時から少しずつ、私の外側の見える部分ではなく、内側の見えない部分を造り変えようと働き始められたのだと思います。 (ヨハンナ)


証し−PART3
 私の家庭は両親と私の3人家族です。両親は私が幼い頃からケンカが絶えません。毎日ケンカをするので、幼い私はケンカをしなかったら可愛いシールを貼る表を作りました。それを両親に説明して約束しました。でも、作ったその日から両親はケンカを始めました。何回も作り何度も裏切られました。私は本当にガッカリしました。私は兄弟姉妹がいないので両親といつも楽しく愛につつまれて安心して過ごしたかったのですが、いつケンカが始まるのか分からないので不安でたまりませんでした。とくに両親がお酒を飲んだ時は人が変わり、とても自分の親とは思えないヤクザのようになるので、とても怖かったです。ケンカがひどい時は父が目の前で「死んでやる!」と言って自殺しそうになったり、家を出て行ってしまい、私は小さな自転車で夕暮れの中を捜し回ったり、母が泣いて暴れたりするので私は泣きながら一生懸命ケンカの仲裁に入りました。私が小学4年生の時、とうとう母は夜の仕事を始めました。父とケンカをしないためです。毎晩、母がいなくなりました。ケンカはなくなったのでホッとしましたが、母がいないのでさびしかった。唯一、夜、母と一緒にいられるのは日曜日でしたがケンカをするので、母は日曜日も出かけるようになりました。私は母に居て欲しくて車の鍵を隠したこともありました。現在、両親は離婚せず一緒に暮らしていますがケンカは絶えません。その中に巻き込まれると今でも胸が苦しくなります。でも神様はどんな時でも私の味方です。私は一人ぼっちじゃないって分かりました。私に愛を注いでくれるので心に安らぎが湧いてくるようになりました。 (ラッコ)