生きる希望No.7


O∞

証し−PART1
 今の職に就いて長い年月が経った。その間に何回も自分の勝手な都合で辞めた。でも不思議なことに、しばらくすると町でバッタリ上司に出くわした。「今何してるんだ?もし良かったら戻ってこないか?」。そう言われ、いつも素直に従った。いつも上司は身勝手な私を許してくれて、迎え入れてくれた。本当に感謝なことだ。でもその当時は感謝できないことが多かった。

 職場の同僚と比較して劣等感で苦しんだ。「私は何でもできる人だ」と思われたくて、何でも知ったかぶりをした。いつも職場の中で一番でいたかった。でもこれらはすべて私を苦しめるものとなっていた。本当に苦しかった。そこには偽者の私がいた。

 でも今は違う。イエス様を知ることによって、このような偽者の私は一皮一皮剥かれていった。その時に、私を苦しめていた本当の原因を知った。人から愛されたい、受け入れられたいという思いが、偽りの私を作り出していた。でも、私は神様に愛されている存在だとわかったとき、私の心は軽くなった。もう嘘をついて自分を作らなくていい。ありのままの自分でいていいのだと。私は日々、神様に造られたありのままの私を感謝している。 (ヨハンナ)


証し−PART2
 ある日のこと。午前の仕事が終わり昼食の時間になりました。その日お金がなく、昼食に食べる物もありませんでした。お腹はすくし、お金はないし…。そこで神さまに言いました。「神さま!私は食べる物がありません。昼食を買うお金もありません。何か食べ物がほしいです!」するとどうしたことでしょう!私宛てに来客があり、その人が「これ、食べてください」と手土産にパンを持ってきてくれました。神さまは私の昼食のことまで知っていてくださるのだとびっくりしました。
そして私の祈りをちゃんと聞いていてくださるのだと分かり、すごくうれしかったです。神さまは良いお方で人にとって必要なものや必要なことを知っていて、求めれば最善なことをしてくださる方、聖書に書いてあるのは本当なんだと分かりました。私の父親は「そんなことしていたらダメだ!」とよく私に言います。でも神さまは「よし。わかったよ。じゃああなたにもっとも良いものをあげよう。」と言ってくださる方なんだと分かりました。神さまのことを知れば知るほど安心できるようになりました。 (あなぐま)            

証し−PART3
 私は過去のトラウマから、私を傷つけた人を許すことができませんでした。そんな中、JRMセミナーの学びや、毎週の礼拝のメッセージの中で、人を許すことの大切さを学んでいきました。私はある頃から、許しを決意し、「許します。」と告白しました。しかし、その時は許したように思えても、しばらくすると、怒りがこみ上げてきて、ちっとも許すことができていませんでした。頭ではわかっていても感情がついていきませんでした。しかし、神様は私のその告白をおぼえてくださっていて、長い長い期間をかけて、私のかたくなな心をとかしていってくださいました。そして、以前よりも許すことがたやすくなりました。何度も許しているうちに、その痛みも薄れていっていました。私の心は、許しと比例していやされていることに気がつきました。今もまだ、許し続けるプロセスにいますが、神様が私を許してくださったように、これからも許し続けたいと思います。 (まめしば)


証し−PART4
 わたしがクリスチャンになったのは、今から5年前です。当時付き合っていた人と別れた次の日のゴスペルのコンサートでのことでした。で、どういう訳か、聖書を持っていこうと思いました。それまでも、ゴスペルの練習前に、バイブルスタディがあって、毎週聖書のことは学んでいましたが、死んだ人が生き返ったとか、処女マリアが子供を産んだとかいう話をどうしても信じることができませんでした。けれども、その日電車の中で聖書を読んでいたら、聖書に書いてあることは作り話ではなく本当のことなんだ、と突然「分かった」のです。自然に涙があふれてきました。

その半年後に妹がこれまた突然救われてしまいました。実はわたしは勝手に、家族の中で救われるのは妹が一番最後だろうと予想していました。妹は今は教会を離れていますが、神様は必ず妹を連れ戻して下さる、と信じています。

神様の順番や方法は私達の思いとは違いますが、神様は一番良い時に、ベストな方法で事をなさいます。私達は、いつ、とかどんな風に、と心配せずに、神様を信じ、共に歩んでいけばいいのです。 (エメラルド)