生きる希望No.9


O∞

証し−PART1
 いつの頃からか、家族の誕生日に私がショートケーキを買って帰るという習慣ができた(自分の誕生日には自分の好きなケーキを買って帰ります)。特に大きな記念品とか、そういうものではないけれど、家族には好評(?)。先日も母の誕生日でケーキを買うことにした。誕生日のその日の夕方はちょっと忙しかったので、誕生日の前日に買おうかな、と考えていた。でも、私の心の中で、母に対する感謝の心がなかった。「習慣だから買ってかなくちゃ」という思いだった。このような思いで買ってプレゼントしたとしても、本当に喜んでもらえるだろうか?そう思って、その日は買わずに帰宅した。そして母に「明日はお誕生日おめでとう♪何か欲しいものある?」と質問した。その後、いつものとおり「ケーキ」に決まったが、「ブルーベリーのケーキがいい」という希望が聞けた。次の日に、母の希望どおりのケーキを買って母の誕生に感謝し、家族でいただいた。神様に対しても、同じように習慣化された思いで祈ったり、賛美をしたり、聖書を読んだりしてしまうときがある。でも、そうではなく、いつも新しい、喜びの思いで神様に私の思いを伝えたい。そうしたら、神様からの望みや思いもちゃんと聞けるんじゃないかな。そして神様の思いを実行していく者になりたいです。 (ヨハンナ)


証し−PART2
 中学に入って、野球部に入部した私のために父がグローブを買ってきてくれました。しかし、そのような時、グローブをじっと見つめて、「色のもっと濃い方がよかった」と、何かにつけて、感謝するというより、難癖をつけるのが私の習慣のようになっていました。心の中では、親と良い関係になりたいという切実な思いがあったのですが、素直にそれを表現できずに、いつも文句ばかり言っていました。弟の方が両親から可愛がられているという思いで、自分に愛情を引き寄せたいという思いが、逆効果になっていました。大学生になってクリスチャンになってから、知らず知らずのうちに、心が軽くなり、気がついたら、両親に感謝と喜びの気持ちを表すことができるようになっていました。人間の努力ではなく、神様の恵みによって心がいやされてきたことを感謝しています。 (ドーナツ)


証し−PART3
 私は心の病にかかってから20年、クリスチャンになってからは18年になります。イエス様との出会いによって本当に人生が変わりました。私は中高時代にいじめにあっていて、人を全く信頼できなくなっていたのです。高校卒業後、イエス様を信じるようになって、教会の人々との関係や聖書を読むことによってだんだん心が健全になってきました。それまでの私は人を裁いていたからです。特に聖書のルカの福音書15章4−7節の一匹の羊と九十九匹の羊のたとえで、私はつらい人生を歩んできたけれども、神が私を愛してくださっていることを教えられて、自分は人には見捨てられても神は違うということに気づき、自分の存在が価値あると分かり心が救われました。又、聖書は「私の目にあなたは高価で貴い。」と教えています。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)

 心に傷やトラウマを持って生きることは大変でした。ある時期は頭痛、胸痛、腹痛がいっぺんに起こる体験をしました。頓服を飲んでも痛みは治まらず苦しみ寝込んでしまいました。その時、私に残された選択はイエス様に全てをゆだねて生きることでした。又、当時行っていた福音派の教会の牧師に「癒しを求めるのは、成功論理主義」と言われてショックを受けて失神を何度も繰り返し、いのちの危機も体験しました。それでも、私は聖書に書かれている神を信じ続けました。そして、聖書の御言葉と祈りと賛美によっていやされました。胸痛だけは何年もかかりました。でも、今はいやされています。このことは、人には理解できないことなので孤独でしたがイエス様が共にいて下さったのが救いでした。こんな経験をしても、病人として家族には嫌われていました。教会へ行くのを反対されています。私は普通に生きれなかったからだと思います。家族の思いも分らないこともありませんが、そんな風に思われていて正直つらいです。今回で5度目の入院をして退院をしましたが、今は病状も落ち着いて心穏やかな気持ちでいます。

 JRMに入会したことで、セミナーや礼拝のCDやお電話やお手紙、とりなしの祈りなどを通して、本当に心の励ましや慰めや希望を与えていただきました。本当に私のような者を支えてくださり感謝しています。特にサン・ファニン先生の預言が励ましになりました。割愛しますが、「来年の今頃、全く違う人になることを見るようになります。」と。全くその通りになっているからです。つらいときはその個人預言を書き出したものをよく見ていました。もちろん、毎日のディボーションは欠かせませんでしたが、苦しくなったら、よく静かに異言で祈っていました。

 現在は病院と同じ医療法人の寮に入所して、社会復帰を目指しています。イエス様がどう導いてくださるのか期待していきたいと思います。 (ゆんち)